退職届の撤回

 

退職届を出した後、労働者からやはり撤回をしたいという申し出があることがあります。

 

退職届は、判例上では「会社を辞めたい」という労働者からの意思の申し出と考えます(出典 青林書院「類型別 労働関係訴訟の実務」345頁)。

 

これに対し、会社が「退職届の内容を了解しました」というような承諾をした場合、退職することが社員と会社との間で決まります。

 

逆に言うと、会社が労働者に「退職届の内容を了解しました」と伝える前は、労働者は退職届を撤回できることになります。

 

 

例えば、あるバス会社の事例です。

 

 

岡山電気軌道事件(岡山地裁平成3年11月19日判決)

 

運転手が会社に対して不満を持ち、退職届を営業所の所長に提出した。

所長は、これを役員に渡し、役員会で退職届を了承するという決議がされた。

 

役員会の了承はされたが、運転手側に伝わっていなかった。

 

運転手は退職届を撤回すると会社に申し出た。

 

 

<判決>

会社は役員会で退職を了承するという決議はしているものの、それが労働者に伝わっていないので、労働者は撤回できるとして撤回を認めた。

 

 

 

この事例からも分かるように、退職届を貰ったら、後々、撤回をされないように、退職届を了承することを労働者に伝える必要があります。

 

 

撤回されないようにするには

 

 

退職届を撤回すると言われないようにする方法は、退職届を了承したということを相手に伝えることです。

 

ここでは、伝えたということを証拠として残すことが必要です。

 

では、どのようにして伝えれば良いでしょうか。

 

 

 

まず、社長さんが退職勧奨をし、その場で、退職届を貰うなどし、「分かった」と言ったのであれば承諾は伝わったといえるので問題ありません。

 

また、専務など社長でなくても会社の代表権のある人が退職届を受領しているような場合も問題はほぼ起きないでしょう。

 

 

問題となるのは、退職届が郵送で送られてきたり、退職届を受付に置いて帰ってしまったりしたような場合です。

 

このような場合、会社側が何もしないと退職届について承諾したとは言えないので、そのままにしておくと退職届を撤回されてしまう可能性があります。

 

 

では、どのようにして、承諾をしたということを証拠として残せばよいでしょうか。

 

 

一番良いのは、「弊社は、貴殿からの̻□年○月×日の退職届を了承します」という内容証明郵便を出すことです。

 

内容証明郵便は、相手方にこちらが書いた文書が届いたことを確実に証拠化できるので、一番手堅い証拠です。

 

しかし、上記のようなメリットがある反面、相手から受け取りを拒否されたり、保管期間を経過したりして、配達できずに戻ってきてしまうことがあります。

 

 

 

当事務所でお勧めするのは、特定記録郵便で送ることです。

 

特定記録郵便で送れば、受け取りを拒否されることはありません。

 

受取人がいないときは、書面がポストに入れられた日時が記録されます。

 

この記録により、ポストに入れられた日時に、承諾の書面が退職者に到達したと主張することが出来ることになります。

 

これ以降、退職届の撤回はできなくなるのです。

 

 

 

退職届の取消

 

せっかく退職届を貰ったのに、退職届が取消になってしまう場合があります。

 

退職届が取消になると、社員は退職していなかったことになり、まだ社員の地位があると考えることになります。

 

 

それだけでなく、取消がされてしまうと、働いていない労働者が会社に復帰するまでの賃金を、会社が負担するということになります。

 

 

例えば、退職届の取消は通常、労働者側が裁判を起こしてきて取消が認められるか否かの争いとなります。

 

この裁判に2年かかり、会社側が負けて取消が認められたとします。

 

その人が年収450万円だとすると、会社が負担するのは、900万円となります。

 

さらに、労働者を再度受け入れないといけないということになりますから、このような事態は何としても避けなくてはなりません。

 

では、退職届の取消はどのような場合に認められるのでしょうか。

 

 

 

退職届の取消が認められるのは、会社が労働者を脅したり騙したりして退職届を出させた場合です。

 

「脅したり騙したりして退職届を出させた」ことになるのはどのような場合でしょうか。

 

裁判例で、脅したり騙したりしたなどとして取消が認められているのは、以下のような場合です。

 

 

裁判例1 ―石見交通損害賠償事件     

 

バス会社の女子従業員(バスガイド)が、男子従業員と会社外で情交し懐妊したことは、全く私的な事柄であり、会社の運営と関係ないから、就業規則上の素行不良などの懲戒解雇事由にはあたらないにもかかわらず、大声をあげ罵倒して懲戒解雇するぞ、等といって脅して、退職届を出させた。

 

 

 

裁判例2―横浜高校教員地位事件 

 

山岳部のための登山大会に出て、高校の体育祭を欠勤した教師に対し、「このままでは懲戒解雇になる。将来に汚点を残さないように依願退職して懲戒を免れたらどうか」などと諭して退職届を出させた教師について、懲戒事由がないのに退職届を出したものとして錯誤による退職届の無効を認めた。

 

 

 

裁判例3―富士ゼロックス事件    

 

出退勤の情報について虚偽申告を繰り返し、更に、外出旅費、通勤交通費の二重請求や生理休暇日まで旅費を請求している社員がいた。

この事実が会社に発覚し、会社が懲戒解雇をちらつかせ、労働者に退職届を出させた。

後に、社員が退職届が錯誤で無効であることを主張し、認められた。

 

 

 

 

ここで述べた事例に共通していることがあります。

 

それは、これらの事例では「退職届を出さないと懲戒解雇をする」という言い方がされていることです。

 

 

日本の労働法では解雇は余程のことがない限りできないと考えられています。

 

余程のことというのは、横領などかなり悪い犯罪をした場合などです。

 

例えば、飲酒運転は現代社会ではかなり非難される行為ですが、車メーカーなどならともかく、それ以外の会社では余程大きな人身事故になっていない限り解雇はできないと考えた方が良いです。

 

業績が上がらないという理由でも、通常は解雇ができません。

 

本来、解雇ができないのに、「退職届を出さないと懲戒解雇をする」として解雇をした場合、嘘や脅しで退職届を出させたことになってしまいます。

 

そして、退職届の取消が認められることになるのです。

 

 

普通解雇でも同じで、解雇できないのに解雇すると言った場合、脅して退職届を出させたとみられてしまいます。

 

つい、「退職届を出さないと解雇をする」と言ってしまいたくなりますが、この言い方は退職勧奨ではNGワードなので、くれぐれもご注意ください。

 

 


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