配置転換命令に関する最新最高裁判決ー滋賀県社会福祉協議会事件ー最高裁第二小法廷令和6年4月26日判決

令和6年4月26日に配置転換について重要な最高裁判決が出ています。

それが滋賀県社会福祉協議会事件です。

配置転換とは,従業員の配置の変更で,職務内容または職務場所が相当の長期間にわたって変更されるものです。

 

 

事案の概要その1

事案の概要を説明いたしますと,被告は滋賀県社会福祉協議会(以降,「被告協議会」と言っていきます。)で,地域の社会福祉関係の業務全般を手掛けています。

原告(以降,「原告職員」と言っていきます。)は,被告協議会で福祉用具の改造,制作,技術の開発をする技術者でした。原告職員はユニオン(ユニオンとは労働組合のことです。)の一員でもありました。

 

 

被告協議会に対し,ある顧客からバスチェア台車(入浴介助用具であるバスチェアに乗せるための台車)の製作依頼があり,被告協議会は原告職員にバスチェア台車の製作を業務命令しました。

原告職員はこの命令に対し,被告協議会が製作を命じた寸法が危険だということで,バスチェア台車の寸法の一部変更を主張しました。被告協議会は再度原告職員へ従前の寸法でバスチェア台車の製作を求めるものの,原告職員はこれを拒否します。

被告協議会は「命じた寸法で作りなさい」,原告職員は「寸法の変更が必要です」,ということで両者は平行線状態となりました。

 

 

被告協議会は原告職員に対し,被告協議会の業務命令(被告協議会の命じた寸法通りに作りなさいという命令)に従えないなら,服務拒否理由書を提出するよう命じました。

原告職員は服務拒否理由書の提出も拒否し,被告協議会と原告職員との間では,服務拒否理由書の提出についても平行線となってしまいました。

 

 

原告職員は自分の主張している寸法変更が正しいことを被告協議会に認めさせたかったのでしょう,第三者試験評価機関に自身の主張した寸法変更が妥当かどうか試験を依頼しました。

第三者試験評価機関の試験では原告職員の主張が一部正しいような結果が出ました。全部が全部ではないですが,原告職員の主張が一部正しかったわけです。

 

 

事案の概要その2

被告協議会では福祉器具の改造や製作業務の外部からのオーダーが少なくなっていました。オーダーは多い時は193件ありましたが,本件の裁判時前には0件にまで減りました。

また,被告協議会では原告職員のような技術者の数も減り,技術者は多い時は3名いましたが,本件の裁判時前には原告職員のみとなっていました。

 

 

このように福祉器具の改造等のオーダー等が減少したため被告協議会では原告職員を技術者として雇っておく必要性がなくなっており,反面,被告協議会の総務課では人手が足りなかったため,被告協議会は原告職員に対し総務課への配置転換命令をしました。

原告職員の総務課での仕事は,来館者への対応や館内の鍵の開閉でした。

この配置転換の命令をするにあたって被告協議会から原告職員や原告職員が加入しているユニオンへの予めの相談等はありませんでした。

 

 

この配置転換命令に対しユニオンは被告協議会へ団体交渉を求め,ユニオンは被告協議会に対し開催された団体交渉の中で配置転換命令の撤回を求めました。ユニオンが配置転換命令の撤回を求めた理由は,原告職員はあくまで技術者として雇用されたのであり,職種が技術者に限定されていることから総務課への配置転換命令はできない,というものでした。

 

これに対し,被告協議会は原告職員の職種は技術者に限定されておらず配置転換は適法だと主張し,またしても原告職員と被告協議会の主張は平行線となりました。

 

 

原告職員は被告協議会が配置転換を撤回しないことから業を煮やし,違法な配置転換で精神的苦痛を被り慰謝料が発生した等として被告協議会を民事裁判で訴えました。

 

なお,双方の主張がされているうちに被告協議会は福祉器具の改造や製作を行う業務から完全に撤退しました。

 

 

このような事実関係の下,被告協議会がした配置転換命令が違法となるかという点が最高裁での争点です。

 

配置転換の先例はどうだったか

配置転換の先例は東亜ペイント事件(最二小判昭和61年7月14日)というもので,この事件の事案の概要は,以下のとおりです。

 

会社は全国13カ所に営業所がある塗料製造販売会社で原告Xは営業社員でした。原告Xには71歳の母(母とは同居,母は介護の必要性はなし)と保育士の妻,2歳の長女がいました。原告Xは神戸支店に勤めていたところ会社から広島支店への転勤を内示されましたが,転勤を拒否しました。そこで,会社は原告Xへ名古屋支店への転勤を内示しましたが,原告Xはこれも拒否しました。

 

会社としてはこのような勝手を許しては会社として成り立たないということだったのでしょう,原告Xへ名古屋支店への転勤命令をしました。
ところが,原告Xは転勤命令に従いません。そこで,会社は原告Xを懲戒解雇にしました。

 

原告Xは懲戒解雇が違法無効であるとして会社を訴えます。それが最高裁まで争われたのが東亜ペイント事件です。この事件で最高裁は配置転換が有効になるための基準を作りました。それは,以下の①から③を全て充たせば配置転換の命令は有効になるというものです。

 

<基準>

①就業規則等で配置転換命令についての定めがある,

②職種限定の合意,勤務場所限定の合意がない,

③権利濫用でない(下のaからcのような事情があると権利濫用とされます。)

  a業務上の必要性がないのに配置転換命令をしている,

 b不当な動機や目的がある,

 c要介護者がいるのに転居を伴う配置転換命令をしている,

 

これを図で示すと

 

 

 

となります。

配置転換を有効にするためには3つハードルがあるわけですね。

東亜ペイント最高裁判決の事案では,
①配置転換について就業規則の定めはあり,

②勤務地限定の合意はなし,

③業務上の必要性はあり,不当な目的等はなし,介護者もおらず権利濫用でもない,

とされ,会社がした配置転換の命令は有効とされています。

社員は適法な転勤命令に従わなかったことになり,業務命令違反ということで,会社がした懲戒解雇も有効とされています。

東亜ペイント事件の最高裁の判決以降,配置転換命令の適法性はこの最高裁判決の枠組みで判断されています。

 

 

滋賀県社会福祉協議会事件の1審と2審ではどのように判断されたか

 

滋賀県社会福祉協議会事件も基本的には東亜ペイント事件の基準に基づいて判断がされています。結果,滋賀県社会福祉協議会事件で1審と2審は配置転換命令を適法としました。どういう理屈だったかと言うと,

東亜ペイント事件の判断基準①配置転換命令についての就業規則の定めは,「あり」でした。1つ目のハードルはクリアです。

 

②職種限定の合意については,裁判所は原告職員について技術者としての職種限定の合意があったとしています。

その理由は,

・原告職員は技術系の資格を多く持っている

・原告職員はその資格の中でも溶接ができることを見込まれ,被告協議会に勧誘されて被告協議会に就職した

・原告職員は18年間福祉用具の改造,制作等の技術者として働いてきた,

等です。

 

 

職種限定の合意がある以上,被告協議会は東亜ペイント事件の最高裁判決の基準の2つ目のハードルでこけたわけで,本来配置転換は違法となってできないはずです。

ですが,滋賀県社会福祉協議会事件の1審と2審はここから迷走を始め,なぜか③権利濫用かどうかの判断に矢印が進んだのです。

 

 

その上で,配置転換は,以下の1⃣から4⃣の理屈で権利濫用ではないとされました。

1⃣被告協議会によって配置転換ができないと原告職員にはやることがなくなる(福祉器具の改造の仕事は部署が廃止されてもうできない),
→2⃣そうすると被告協議会は原告職員の解雇を検討せざるを得ない,

→3⃣その事態(解雇)を避けるためには被告協議会としては配置転換をすることはやむ得をえなかった,

→4⃣であるから配置転換は権利濫用ではない

 

 

この1審と2審の判決は,本来東亜ペイント事件の最高裁判決によれば職種限定合意がある以上配置転換命令は違法なはずなのに配置転換命令を適法とするもので,被告協議会を含む使用者側全般としては有難いものです。

 

 

しかし,配置転換が違法だと主張する原告職員側は「おかしい,最高裁判決違反だ」として最高裁に上告しました。

 

結果,最高裁は原告職員の主張を認め,大阪高裁の判決を取り消して大阪高裁に差し戻しています。結局使用者側が負けてしまいました。

 

 

最高裁判決の内容は職種限定合意がある以上使用者には配置転換をする権限はないから,配置転換はできないという非常にシンプルな内容となっています。

 

 

配置転換が違法とされた以上,原告職員が配置転換で精神的苦痛を被ったという主張は差し戻された大阪高裁で認められるでしょう。しかし,慰謝料額は10万円程度かと思います。被告協議会は解雇を回避する正当な目的で配置転換命令をしているので被告協議会の配置転換命令は特に責められるものではないからです。

 

 

ところで被告協議会としては,原告職員に業務命令を拒否されたり服務拒否理由書の提出を距離されたりして,原告職員への対応に難を感じていたと思います。

 

また,被告協議会は,福祉用具の改造製作部署を廃止したにも関わらず配置転換もできないとしたらどうすれば良かったのでしょうか。

 

被告協議会としては原告職員を整理解雇すれば良かったと考えられます。今後被告協議会は原告職員の整理解雇を検討していくことになるでしょう。

整理解雇と言うのは会社の業績が悪い時に人員削減のためにする解雇です。

整理解雇については,認められるための4要素が裁判例で確立しています。

1⃣人員削減の必要性―人員削減の必要性があるか
2⃣解雇回避努力義務―解雇を回避するために会社としてなすべきことをしたか

3⃣人員選定の合理性―解雇する人員の選定が不合理でないか

4⃣手続の妥当性―解雇される社員に説明を尽くしたか

 

被告協議会が原告職員を解雇するにあたって1⃣から4⃣を考慮すると

1⃣人員削減の必要性は部署を閉鎖するから当然認められます。

2⃣の解雇回避努力義務についてはどうでしょうか。被告協議会は配置転換をすることは今回の最高裁判決でできないことが明らかになりました。被告協議会は配置転換をできないので今後は原告職員に退職勧奨をして,それでも退職してもらえないということであれば解雇回避努力義務を果たしたということになると思います。
3⃣人員選定の合理性も,被告協議会で福祉用具の改造をする部署は閉鎖済であり原告職員は同部署の唯一の職員ですから,認められます。
4⃣最後に手続の妥当性ですが,本件ではユニオン(労働組合)が原告職員側で介入してきています。被告協議会が原告職員を解雇するのであればユニオンとの話し合いは必須です。ユニオンとの間で2⃣の退職勧奨の話し合いをしてそれでも退職に至らないということであれば4⃣手続の妥当性も認められます。


 つまり被告協議会としては今後ユニオンを通じて原告職員に退職勧奨をして(退職してもらうための解決金などを提示する必要性があると思います。),それでも原告職員が退職に至らないということであれば,原告職員を整理解雇できると考えます。

 

職種限定合意と解雇の関係について

 

最後に配置転換と解雇の関係を図にしてみます。

 

配置転換ができる→解雇をする前に配置転換すべき→解雇がしにくい

配置転換ができない→解雇前の配置転換をする必要はなし→解雇がしやすい

 

配置転換と解雇の関係を図に示すとこのようになります。

 

また,職種限定合意と配置転換には以下の関係が導けます。

 

職種限定合意がない→配置転換できる

職種限定合意がある→配置転換ができない

 

以上から

職種限定合意と解雇の関係をまとめるとこうなります。

 

 

例えばドイツ証券事件(東京地判平成28年6月1日)では,ドイツ証券にヘッジファンドのセールスパーソン(営業として担当する顧客が主に海外のヘッジファンドである職種)の社員Xがいました。社員Xは基本年俸が2000万円で,その他に裁量年俸として年1億6000万円が支払われたこともありました。

 

リーマンショックが起きて会社の業績が悪化し,合意退職の話し合いが行われ,会社からは4500万円の退職金の提案がされたものの本人からは9000万円以下では退職できない等とする申し出がされました。

 

会社は退職金の折り合いがつかなかったので,社員Xを整理解雇したところ,本人が解雇は無効であるとして会社を提訴しました。

 

 

社員Xは裁判で配置転換をしないで解雇をするのは違法だと主張したところ,会社は社員Xとの間でヘッジファンドのセールスパーソンについての職種限定の合意があるとして会社は配置転換をできず,配置転換を経ない解雇であっても解雇は有効だと反論しました。

 

 

裁判所は,会社の主張どおり職種限定の合意があるとして,配置転換がされないまま解雇がされていますがその点を問題とせず,部門の生産性も低下しているとして,整理解雇を有効と判断し会社を勝たせています。

 

 

この裁判例からしても職種限定合意があれば解雇しやすいのは論理的に導けるところです。ただ職種限定合意があるかどうかは明確に契約書で定めていない限り判断に迷うことが多いでしょう。ですから職種限定合意があるかどうか微妙な場合(ほとんどがこの場合に該当すると思います。)に整理解雇を検討している時は,一応配置転換を打診し配置転換を断られたら初めて整理解雇をするという運用をするのが良いでしょう。
 また,解雇する前には解決金を提示した退職勧奨もしてください。

 

 

以上をまとめると,整理解雇をする場合にはまず,

①配置転換の打診をし,

②配置転換を断られたら退職勧奨(場合によっては希望退職の募集等)をし,

その上で退職に至らなかった場合に初めて整理解雇をすることになります。整理解雇を有効に行うにあたって,①と②のステップは必須なので省略は絶対に不可です。


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