事業場外労働のみなし労働時間制に関する最新最高裁判決―協同組合グローブ事件―最高裁第三小法廷 令和6年4月16日判決
令和6年4月16日に事業場外労働のみなし労働時間制についての最高裁判決がでました(協同組合グローブ事件)。
この事件では,一審(熊本地方裁判所令和4年5月17日判決)会社敗訴(会社が敗訴ということは事業場外労働のみなし労働時間制の適用が認められないということです。),二審(福岡高等裁判所令和4年11月10日判決)会社敗訴ときていたところ,最高裁判所が二審判決を取り消し,高等裁判所に判断をやり直せと事件を戻しました(「破棄差戻」と言います。)。
どうしてこのような結論となったのか,簡潔にまとめたいと思います。
事業場外労働のみなし労働時間制について
そもそも事業場外労働のみなし労働時間制は外勤などの営業の社員に適用していくことが多いです。
会社からすると外勤の方は外にいてどのような業務をしているか把握しづらいので,一定時間労働をしていたとみなすというのがこの事業場外労働のみなし労働時間制です。
この制度の適用が認められると実際の労働時間が所定労働時間を超えていても所定労働時間働いていたと認められることになります。
例えば実際には10時間労働をしていても,所定労働時間が8時間であれば8時間労働とみなされます。
この場合,事業場外労働のみなし労働時間制は会社有利な制度として働きます。
逆に外勤の方が6時間しか働いていなくても所定労働時間労働していたとみなされますので,この場合,事業場外労働のみなし労働時間制は従業員有利に働きます。
このように事業場外労働のみなし労働時間制は,会社,従業員のいずれにも有利に機能する場面がある制度なのですが,普通は会社に有利な制度と考えられています。
外回りの方は何だかんだ言って忙しいので,10時間やそれ以上外回りなどをしていることが多く,それでも会社としては所定労働時間のみ働いたとして扱い残業代を支払わなくて済むからです。
ただ,社員の側が「残業代が出ないのはおかしい」として会社を訴えることがあり,協同組合グローブ事件も残業代の支払いを求めて裁判が起こされました。
リーディングケース ―阪急トラベルサポート(派遣添乗員・第二)事件―
事業場外労働のみなし労働時間制には,阪急トラベルサポート(派遣添乗員・第二)事件(最高裁第二小法廷平成26年1月24日判決)というリーディングケースの裁判例があります。
この事件は海外(南フランスとイタリア)旅行の添乗員が「残業代が支払われないのはおかしい」として派遣会社を訴えたものでした。
事業場外労働のみなし労働時間制が認められるには「労働時間を算定し難い」(労働基準法38条の2第1項)といえることが必要です。
労働時間を算定し難いから所定労働時間労働していたものとみなすわけです。
裁判所は,阪急トラベルサポート事件の添乗員について「労働時間を算定し難い」時にあたらない,わかりやすくいえば会社としては何時間働いたか把握できるでしょう,ということで事業場外労働のみなし労働時間制の適用を否定しました。
その結果,残業代の請求が認められています。
裁判所が事業場外労働のみなし労働時間制の適用を否定したのは以下の理由によります。
前提として事業場外労働のみなし労働時間制が認められるかは,
①業務の内容や性質
②使用者と労働者との業務に関する指示及び報告の方法
で決まります。
阪急トラベルサポート事件では,
①は,旅行日程の日時や目的地が定められることによって業務の内容は予め確定されています。
つまり,旅程が決められて添乗員は基本的に旅程通りに動きますので,何時から何時まで働いたかはある程度分かりますね。
②は,添乗員は日報を提出していて,裁判所は「会社は日報の正確性をツアー参加者のアンケートを参照したり関係者に問い合わせをしたりして確認することができる」と認定しています。
旅程から外れた旅行が行われれば旅行者から苦情等が来るでしょうからそのような苦情等がなければ日報通りに仕事していたと会社は判断できます。
このように旅程と日報で会社は添乗員の労働時間を把握できるので,「労働時間を算定し難い」時にはあたらないとされたのです。
協同組合グローブ事件における最高裁の判断
では共同組合グローブ事件はどうだったでしょうか。
裁判を起こしたXは,昭和57年にフィリピンで生まれた女性で,平成15年に日本人と結婚し日本国籍を取得しました。
裁判を起こされた協同組合グローブは,広島県福山市に本部を置いている外国人技能実習生の管理団体です。
Xの具体的職務は顧客企業の訪問,巡回で,直行直帰も多かったです。
訪問や巡回をいつするかはXの裁量に委ねられていました。
このような状況で,組合は,Xは外回りが多かったので「労働時間が算定し難い」として事業場外労働のみなし労働時間制をとり入れていました。
そして,Xは「残業代が支払われないのはおかしい」として記者会見などを開いて組合を非難しつつ提訴をしました。
この事件では上述したように一審,二審とも事業場外労働のみなし労働時間制の適用を否定しました。
阪急トラベルサポート事件の最高裁判決が事業場外労働のみなし労働時間制の適用を否定する判決を出して以来,裁判所は事業場外労働のみなし労働時間制の適用を否定することが多くなっていたのも背景にあると思います。
ところが上述のとおり最高裁は事業場外労働のみなし労働時間制の適用を固定しました。
上述のとおり,事業場外労働のみなし労働時間制が認められるかは,
①業務の内容や性質
②使用者と労働者との業務に関する指示及び報告の方法
で決まってきます。
①については,顧客企業への訪問や巡回はXの裁量に委ねられており,労働時間の算定が容易ではない事案でした。この点は一審,二審も会社有利に判断しています。
問題は②です。
Xは日報を提出しており,一審と二審は,日報の正確性は技能実習生を雇用している顧客企業や実習生に確認する等で担保できるとして,日報は正確で日報から労働時間を把握できるとしました。
一審と二審の判断を図でまとめると以下の通りとなります。
しかし,最高裁は,技能実習生を雇用している企業に確認できるとしてもそれは本当にできるのか明らかでない,ということで,②使用者と労働者との業務に関する指示及び報告の方法についても「労働時間を算定し難い」といえる余地があるとして二審に事件を差し戻しました。
図でまとめると以下の通りとなります。
一審と二審は日報の正確性は顧客企業に確認できるとしましたが,普通,顧客企業に「うちの職員真面目に訪問していますか」等と聞くことはできませんので,最高裁の判断は現実に即したものと言えます。
差し戻された二審では労働時間が算定し難いとして事業場外労働のみなし労働時間制の適用が認められるでしょう。
以上が協同組合グローブ事件の最高裁の結論です。
協同組合グローブ事件についての所感
最後に私の所感です。
協同組合グローブ事件では確かに企業寄りの最高裁判決となりました。
ただし,事業場外労働のみなし労働時間制の適法性が裁判で争われた場合,労働時間が算定し難いとして事業場外労働のみなし労働時間制の適用が認められるかを予測することは非常に難しいです。
協同組合グローブ事件でも一審二審と最高裁で結論が分かれておりますし,一審二審の判断が明らかに間違っていると思えません。
解雇訴訟と同じですが,予測ができないというのはリスクです。
個人的には事業場外労働のみなし労働時間制よりも固定残業代(定額残業代)の方がまだ結論が予測し得,リスクの低い賃金体系とすることができます。
従いまして,事業場外労働のみなし労働時間制を取り入れている企業さんは固定残業代への賃金制度の変更を検討すると良いのではないかと考えています。
弊所では固定残業代等の様々な賃金体系のご相談に乗っており,新賃金体制を採り入れた実績もございますので,賃金体系でお悩みの企業さんはご相談いただければと思います。