定年後再雇用の年俸減額が不合理ではないとされた裁判例
事案の概要
本件は、界面活性剤などを製造する株式会社日本サーファクタント工業の契約社員として定年後に再雇用された原告が、同社の無期雇用社員との間で、退職一時金や退職年金などの労働条件に相違があることは旧労働契約法第20条の規定に反すると主張し、同社に対し未払賃金等の支払いを求めた事案です。
原告は、上記違反を根拠に未払給与や未払退職一時金、未払退職年金の支払いを求める請求を行いました。
さらに原告は、再雇用後の給与減額についても不法行為を主張し、適正な賃金額との差額の半額や遅延損害金を請求しました。
その上原告は、同社に対し「日本サーファクタント工業株式会社の更なる発展のための提言」と題する書面を提出し、宇都宮事業所における総合排水データの改ざんや産業廃棄物の不適切な処理などの不正を指摘しました。
この通報後に配置転換がされたので、原告はこの配置転換は公益通報者保護法に違反する不法行為であると主張し、慰謝料も求めています。
この提言では、具体的な不正行為として、宇都宮市に提出する総合排水データの改ざんが行われていること、契約を締結していない産業廃棄物の収集運搬業者に運搬を委託したこと、また排水処理施設で処理しきれなかった特別管理産業廃棄物である排水や汚泥を普通産業廃棄物として処理を委託したことなどが指摘されていました。
本件は、有期雇用労働者の待遇が、職務内容、責任の範囲、配置転換の有無といった点を考慮して、正社員と比較して不合理なものであったかどうかが争点となりました。
裁判所の判断
【第一審 宇都宮地方裁判所の判断】
一審宇都宮地裁は、原告の請求のうち、退職年金に関する請求の一部を認容しました。
宇都宮地裁は、原告が専門性を有する業務に従事しており、その職務内容や貢献度が無期労働契約社員に劣るものではないと判断しました。
したがって、退職年金に関する待遇差は不合理であり、旧労働契約法第20条に違反すると結論付けました。
一方で、退職一時金に関しては、正社員の支給基準が職務等級や在級期間に基づくものであり、原告のような契約社員には適用されないと判断し、請求を棄却しました。
また、再雇用後の給与減額についても、労働契約上の合意に基づいているとして違法性を否定しました。
公益通報後の配置転換については、不正通報行為と配置転換の間の相当因果関係は認められないとし、原告の不法行為に基づく請求を退けました。
【第二審(控訴審) 東京高等裁判所の判断】
二審東京高裁は、一審判決を取り消し、原告の全ての請求を棄却しました。
退職金等の待遇差について、東京高裁は、無期雇用社員が会社の命令で職種や配置が変更される可能性がある一方、原告のような有期契約社員は、専門性を理由に業務内容を特定して雇用契約が結ばれており、このような「職務内容及び配置の変更の有無、範囲」の相違に基づく待遇差は合理的なものと判断しました。
公益通報後の配置転換についても、会社には業務上の必要性があり、原告の職務内容が大きく変わっておらず、裁量権を逸脱した不法行為とはいえないとしました。
弁護士の視点
この会社は栃木県にあり、弊所にも近く親近感があります。
この事件では、定年前の年俸904万円が定年後には383万円と約6割減となりましたが、裁判所は、高年齢者等の雇用の安定等に関する法律(高年齢法)の趣旨に反する不合理な裁量逸脱とは言えないと判断しました(上記のとおり一審宇都宮地方裁判所、二審東京高等裁判所共に同じ判断です)。
本件では、以下の①、②の理由等で、高年齢法の趣旨には反しないとされています。
この判決は使用者側に非常に有難い判決です。
理由①:栃木県における「化学工業」に従事する60歳から64歳までの男性の平均給与が約383万円とされていること
理由②:その他、元従業員に対しては高年齢雇用継続給付金が支給されていたことなど
383万円という年俸が、栃木県における「化学工業」に従事する60歳から64歳までの男性の平均給与約383万円と合致していることが適法性判断としては大きかったと思われます。