メールマガジンvol.88【運送業者の残業代請求の裁判例について】
今年の3月10日に最高裁判所において運送業者についての残業代に関する裁判例が出ました。
結論として会社が敗訴しています。
事例を要約しますと、ある運送業者があって、この会社の賃金の実体は完全歩合でした。
賃金は、運送売上に何パーセントかの歩合率を掛けて計算されます。
仮にある労働者の運送売上が100万円で歩合率35パーセントだったとします。
そうすると、賃金総額は、100万円に35パーセントを掛けた35万円となります。
会社は労働者に、35万円を基本給15万円、歩合給10万円、残業代10万円などと振り分けて支払うことで、名目上残業代を支払っていることにしていました。
この賃金の支払い方法について労働基準監督署から監査が入りました(監査の内容は分からないですが、おそらく支払っていた残業代が足りていないということだったのでしょう。)。
そこで、この会社は賃金体系を改めました。
とは言え、実質は100万円×35パーセントの35万円を支払うという点は変えず、名目上の支払い方法を変えたのです。
会社は、新規定では基本給15万円、これに対する残業代○万円、その他調整手当として約○万円を支払うようになりました。
残業代はその月の残業時間に基づき労働基準法どおりに計算します。
新規定で特徴的だったのは、調整手当の計算方法です。
調整手当は歩合率で決まる賃金総額から基本給を引き、更に残業代を引いた残りとなっていました。
具体的には、仮に基本給15万円、残業代8万円であれば、総額35万円から基本給15万円を引きます。
この引き算で算出される20万円から、更に残業代8万円を引きます。結果、この月の調整手当は12万円となります。
新規定で調整手当は残業代という位置づけだったようです。
この事件で最高裁の前に判決をした福岡高裁は、新規定の調整手当を残業代の支払いとしては認めないものの、
新規定の残業代は残業代の支払いとして認めるという判決を出しました。
これを最高裁がおかしいと判決し直し、新規定の残業代も残業代の支払いとして認めないという結論にしています。
会社敗訴の理由を簡単にまとめますと、新規定の調整手当は賃金総額から基本給を引き、
そこから残業代を引いたものなので、残業代と調整手当は残業代がいくらであるか決まれば調整手当の額も決まるという関係にあり、
最高裁はこの点に着目して残業代と調整手当を一体として見て残業代としての実質を持っているか判断し、
結果として残業代と調整手当には残業代の実質がないので、残業代と調整手当の支払いは、残業代の支払いとは認めないというものです。
理論的にいうと、最高裁は明確区分性という要件で新規定の残業代を残業代の支払いとして認めなかったのですが、この点は細かい話なので割愛します。
この判決はあまり騒がれていないのですが、とてもインパクトが大きいです。
私は、新規定と同じ手法の賃金体系について相談を受けたことがあります。
新規定の賃金計算方法は他の会社でも採用しているところが結構あり、このような会社は賃金計算方法を見直さなくてはなりません。
調整手当という手当の名称も考え直す必要があります。
解決方法については何度かメールマガジンで紹介していますが、運送業の場合、賃金体系を完全歩合給にすることかと思います。
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